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第七十話 清浄の光と別れ

Author: 月歌
last update Last Updated: 2025-07-13 09:42:41

◆◆◆◆◆

静寂が、封印の間を包んでいた。

遥はそっと手を広げ、横に立つコナリーを見上げる。

コナリーは静かに頷き、迷いなくその身体を抱き上げた。

少年の身体は軽く、けれど確かな決意がその胸に宿っているのが、腕を通して伝わってくる。

遥はコナリーの腕の中で、皆の視線を受けながら、そっと胸元のペンダントに触れた。

光に消えた直人の余韻を胸に、遥は“妖精の涙”に手を添える。

透明な宝玉の奥に、かすかな光の粒が揺れていた。

「……いくよ」

誰にともなく呟いた声は、決して震えてはいなかった。

遥は目を閉じ、唇を寄せ、静かにキスを落とす。

――その瞬間。

眩い光が、“妖精の涙”から溢れ出した。

純白の輝きが波紋のように広がり、封印の間全体を満たしていく。

暖かく、柔らかく――それでいて、世界の理を揺るがすほどの強大な力が、空間の隅々にまで染み渡る。

地脈が震え、空気が揺れ、大地の奥底に澱んでいた怨嗟が、苦しげな声を上げながら、静かに光に溶けていった。

魔王の力――その源たる異能と怒り。

かつて封じられた王族たちの呪いと嘆き。

魔界に満ちていた腐りきった魔力の残滓。

すべてが、浄化されていく。

石化していた王族たちの像が、音もなく崩れ始めた。

その顔立ちは、どこか穏やかで、まるで解き放たれることを喜ぶような表情を浮かべている。

砕けた破片は、さらさらと砂となって宙を舞い、静かに大地へと還っていった。

――その中心に立つふたり。

カイルとレオニスもまた、ゆっくりと光に包まれていく。

レオニスが、遥に向かって穏やかに微笑んだ。

「私と直人を目覚めさせてくれてありがとう、遥。

最期に直人に触れられ、言葉を交わせたことが、何よりの幸せだ。

君に、幸多からんことを」

「ありがとう、レオニス……」

遥が小さく返した言葉に、レオニスは満足げに頷く。

続いて、カイルが静かに口を開いた。

「遥。アーシェの声に耳を傾けてくれて……ありがとう。

弟と共に、感謝している。

長い封印から解放してくれて、本当にありがとう」

その言葉とともに、ふたりの身体が光となり、風に溶けていく。

その消失は、あたたかく、やさしく、そして静かだった。

遥は涙ぐみながらも、その涙をそっと指先で拭った。

けれど、胸の奥には確かな痛みが残っている。

その肩を、強く――けれど壊れ物のように優しく――コナリーが抱きしめた。

遥の
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